アルビン・ブルノフスキはスロバキアが生んだ20世紀末最高の世界的マニエリストではなかろうか。彼は1935年スロバキアのザボールに生まれ、首都ブラチスラバのアカデミーで学び、そこに居をかまえ、今日までに100回以上の個展をヨーロッパやアメリカなどで開き、数え切れない国際展に参加し、35回以上の受賞歴がある。
ブルノフスキはまぎれもなく世界的巨匠であるのに、日本へは殆ど紹介されていない。1989年まで、彼の国が共産圏に属していたためであろうか。
1987年3月に続いて、1990年10月29日に彼を訪ねると、民主革命以後、世界中からかかってくる電話を避けるために番号を変え、アメリカからの招待をことわり、ひたすら制作に集中していた。
【長谷川洋行・1991年札幌での個展案内状から】
1993年、115点の版画とドローイングに寄る日本で初めて彼の全貌を紹介する展覧会が「伊丹市立美術館」と「森ヒロコ・スタシス美術館」とで開催されました。
1996年11月、長谷川洋行と森ヒロコはブラチスラバの彼をアトリエを訪ねました。。夫人共々に、暖かい出迎えを受け、充実した時間を過ごしましたが、その僅か2ヵ月後の1997年1月20日、ブルノフスキは心臓病で倒れ帰らぬ人となってしまいました。
当館では、彼の代表的な版画(銅版画。リトグラフ)60点を常設展示しています。
Albin Brunovsky
■略 歴
1936年 チェコスロバキア、ザホリに生まれる。
1951〜55年 ブラチスラバ美術工芸学校在学
1955〜61年 ブラチスラバ美術大学在学
1961〜63年 同校研究生として在籍
1981年 ブラチスラバ美術大学教授
1985年 国民芸術家の称号を得る
1997年1月20日 逝去、享年61歳
ブルノフスキの没後、彼の顔と作品の美しい切手が発行されました。↑
■受賞歴
1967年 パリビエンナーレ・パリ市長賞
リュブリア版画ビエンナーレ受賞
1976年 ベルリン国際版画展受賞
1977・81年 ブラチスラバ絵本原画ビエンナーレ金のリンゴ賞
1980年 クラコワ版画ビエンナーレ協会賞
ブルノ版画ビエンナーレ協会賞
1982年 ライピツィヒ国際ブックフェア大賞
1985年 ヴァルナ版画ビエンナーレ一等賞
1988年 ガブリエル・ダヌンチオ国際書画展一等賞
1989年 Klemente Gottwald国家賞
他、受賞多数、世界各国で個展多数
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